誘惑の一覧表

 先日読了した『黙って行かせて』に出てくる母親の態度(総統に感情すらも捧げてしまうといった)について、ずっと考えていたところに、下記のような文章に出会いました。これは、『ヴェイユの言葉』に収録されていたもので、シモーヌ・ヴェイユは「誘惑の一覧表」として、五つの誘惑を挙げています。

 それによると、一つ目の誘惑は、「怠惰」、二つ目は「内的」生活の誘惑で、三つ目、四つ目が以下のようになっているのです。(なお、五つ目の誘惑として挙げられているのは、「頽廃」。)

 三、「支配」の誘惑(権勢の相対物は狂信的な従順である)
 四、「献身」の誘惑(なんらかの対象への従属。それも、たんに主体/主観にかかわるいっさいにとどまらず、主体そのものまでを従属させること。あらかじめ主体/主観的なものと主体とを分離できていなかったがゆえに)

 まさにナチスに心酔した多くのドイツ人、あの母親をも含めた人々が見事に陥ったのは、この「献身」の誘惑であり、裏返しの「支配」の誘惑だったんだということを、改めて確認した思いです。
 ヴェイユは、『カイエ』にも同内容の「誘惑の一覧表」を書いています。そして、その表に挙げられている「献身」の誘惑には、「主体/主観にかかわるいっさいを、外的な事物や人びとに従属させよ。しかし、主体そのもの―すなわち判断―は従属させるな」と書かれています。
 
 あの母親がした間違いは、まさに主体を、自分の判断を、ヒトラーに、もしくはナチス指導者たちに従属させた点にある。そして、戦前の日本人も、同じ誘惑に屈したのであり、今も、私たちはそれに屈しているかも知れない。
 ヴェイユは、『カイエ』に書いたこの一覧表に、「毎朝読むこと」という注を自らの手で記していますが、私もこの一覧表をそれこそ毎日読んで、生きる必要がありそうです。特に、「怠惰」とか(^_^;)

ヴェイユの言葉 (大人の本棚)

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はるる