教皇について追記

 昨日書いたヨハネ・パウロ二世についての内容が、ちょっと誤解を招くかも知れないと思ったので、補足しておきます。

 ヨハネ・パウロ二世はマスメディアが語っているように、東欧の民主化を陰で牽引した人物であり、平和を強く希求し、それをはっきりと態度にも活動にも現したという点で、偉大な方だったと思います。
 
 ただ、カトリック教会、もしくはキリスト教という観点から見て、故ヨハネ・パウロ二世の最もすばらしかった点は、これまで教会が避けてきた「過去の汚点」を認めて謝罪したということだったのではないかなあと、私は思っています。
 十字軍や教会の反ユダヤ主義、宣教にあたって暴力をも手段として使ったこと、あるいはナチス時代の教会の姿勢や、無神論や教会離れが強くなっている趨勢に教会やキリスト教徒の生き方が手を貸してしまっているといった、教会が犯してきた過失について述べた『記憶と和解:教会と過去の種々の過失』(教皇庁国際神学委員会)や、ユダヤ人虐殺と教会の問題を扱った We Remember などを出したということは、カトリック教会にとって大いなる第一歩であり、教会がこれからも引き継いでいくべき道筋を遺したという点で、この教皇はすごかったと思うのです。上記の文書についてもいろいろ批判(不充分とか妥協の産物とか)はありますが、とにかく初めて、教会が過失について明確に語り、ゆるしを請うたことは、画期的だった。私はそう思いますし、これを遺産として遺してくださったことは、感謝してもしきれません。
 そして、この流れと呼応して、諸宗教と積極的に対話し、ゆるしを願い、和解を模索したということも、素晴らしかったと考えています。結局はカトリック中心だという批判もありますが(そういう面もあると思うけれど)、それでも、教皇として初めてシナゴーグやモスクを訪れるという行動をしてくださったということは、本当によかったと考えています。

 
 ところで、今朝、The New York Timesを読んだら、しっかりハンス・キュングが教皇について辛口なことを語っていたので、彼らしいなあ〜と思ってしまいました。
 あと、ブッシュ大統領のコメント、右派キリスト教の価値観に教皇を取りこもうとしているようで、違和感がありましたねえ。
 はるる