貧困大国

 会議で東京に数日出かけておりました。

 往復の新幹線車中で読んだのは、今話題の『ルポ 貧困大国アメリカ』。


 アメリカ社会で現在起こっていることは、「国境、人種、宗教、性別、年齢などあらゆるカテゴリーを越えて世界を二極分化している格差構造と、それをむしろ糧として回り続けるマーケットの存在、私たちが今まで持っていた、国家単位の世界観を根底からひっくり返さなければ、いつのまにか一方的に呑み込まれていきかねない程の恐ろしい暴走型市場原理システム」(9p)の姿なのだということを、これほどまざまざと見せ付けられた本は、私にとりこれが初めてかもしれない。

 雨宮処凛の『生きさせろ!』を読んだときと同じくらいのかなりの集中力で読んだ本でした。


 この世には決して民営化してはならない、ビジネスの競争原理と効率主義を導入してはならない公共分野(教育、安全、軍事、医療・・・)があるのだということを再確認。

 
 どの章の内容も衝撃でしたが、個人的に一番こたえたのは、第4章「出口をふさがれる若者たち」と第5章「世界中のワーキングプアが支える「民営化された戦争」」でした。


  • 借金地獄に陥る大学生と軍隊

 何が驚いたって、アメリカの多数の大学生が借金で首が回らなくなっており、借金を清算すために軍隊に入ってイラクに送られているという事実です。

 学生の借金問題は、政府の教育予算が大幅に削減された結果、授業料が急激に高騰したことと学資ローンが民営化されたために引き起こされている現象なのですが、なんと全米の大学生の33%が学資ローン受給者であると同時にクレジットカード返済滞納者となっている(!)のには、仰天しました。

 学生たちがカード地獄に陥るのは、政府が奨学金の予算カットを行なって受給資格枠をかなり狭めたため、それまでは受給できていた若者が奨学金が受けられず、仕方なく学費を支払うためにクレジットを使うようになったから。
 
 もともと貧しくて奨学金を得たかった人々ですからクレジットも返済がスムーズには出来ず、返済するために新しい別のクレジットカードを作ってとりあえず返済しという負の連鎖にあっという間に陥り、利子が雪だるま式に膨れ上がり、返済滞納者となり、カード会社のブラックリストに名が載り、そうすると就職が出来ずという悪循環にはまって、大学を出たのに高卒でいいような単純労働にしかつけないのに借金だけは山ほどあって、こんなことなら大学なんか行くのではなかったと後悔する、という恐ろしい状況がこの本には淡々と描き出されています。


 そして、この借金地獄の若者たちに軍隊が目をつけないわけがない、という恐ろしさ。

 国務総省は「学資ローン返済免除プログラム」なるものを実施、「入隊すると大学費用を負担する」を勧誘文句にして軍が誘いをかけてくる。

 学資ローンの心配がなくなるならと、大勢の学生、卒業生たちがこのプログラムに参加するわけですが、参加した後で、言われたことと実態が全然違うことを知るという仕組みになっているわけです、当然。


  • オンライン・ゲーム「アメリカズ・アーミー」

 もう一つ、怖かったのは、無料でダウンロードできるオンライン・ゲーム「アメリカズ・アーミー」のこと。

 トップレベルのCGデザイナーが潤沢な資金を軍から与えられて腕によりをかけて作っている(しょっちゅう、ヴァージョンアップするそうです)、ゲーム業界が絶賛しているリアルかつスピード感あふれるこのゲームは、正義を体現するアメリカ軍の一員として仲間と力を合わせて悪と戦う世界を疑似体験させ、連帯感と正義のために戦ったという達成感を味あわせた上、ヴァーチャルに新兵訓練を受けた状態とするため、子どもたちは軍への憧れと現実世界でも同じ事をしたいという思いに動かされて、軍隊に入っていく・・・そうな。

 ただほど怖いものはない。ひええ。


 そして、貧困から抜け出そうとして入隊したはずなのに、貧しい家庭の子どもたちは、結局その貧しさからは抜け出せない仕組みになっているという恐ろしさ。
 
 給料額やそこから様々なものがいろんな名目で差し引かれていく有様は、ワーキングプアの若者を食い物にする派遣会社と変わらない。貧困ビジネスがのさばっている。

 人間の尊厳をこれほど踏みにじっている状況が横行していることに、吐き気すら感じてしまいました。



 第5章の内容ともなると、国境なんか関係なく、貧困に追い込まれて決してそこから這い上がれないようにされている人々が民営化された戦争を否応無く支えているという冷酷な現実が記されていて、気が思い切り滅入りました。

 そして、スーザン・ジョージとマーティン・ウルフがグローバリゼーションをめぐって討論した『徹底討論 グローバリゼーション 賛成/反対』という本がありますが、そこにスーザン・ジョージが引用したパーシー・バーネヴッィク*1の言葉を思い出しました。

 

 「グローバリゼーションとは、私のグループ企業にとっては、そうしたい時に、そうしたい場所に投資し、つくりたいものをつくり、買いたいと思う所から買い、売りたいと思う所へ売り、しかも労働法規や社会的協定による制限の影響ができるかぎり少なくてすむ、そういった自由を享受することです。」

 戦争ビジネスにハゲワシのように群れ集まっている企業たちは、まさにこの自由を謳歌している。政府に守られて。

 イラク戦争は、戦争請負業界では「ゴールドラッシュ」と呼ばれているそうです。

 はるる

*1:スイス・スウェーデン合弁企業ABBの元社長にして、国際的な大実業雑誌からしばしば「今年のトップ実業家」として指名された人物