art de vivre
『考える人』最新号に掲載されている、堀江敏幸氏によるジャン・ルー・トラッサールとミシェル・トゥルニエそれぞれへの訪問記を読みました。
そして、どちらからも日々の生活の中に一本背骨が通っている印象を受けました。
特に、資質が堀江文学に似ているのではないかと推測したトラッサールの家、彼自身の佇まい、彼の言葉、彼の作品からの引用が、私の魂の奥底に沈んでいく感じ。
九歳半で自由詩を書き、ラヴァル市のリセ時代にはロマンティックでちょっと暗い詩を書いていた少年は、散文、それも小説寄りの散文を書き始めたとき、ひとつの決心をした。バルザックのように書かないこと。人物を排し、乾いた筆致で、歌わずに、かつ湿り気を持たせた言葉で火と空気と水と土を身体に取り込むこと。(80p)
そうだ、バルザック的なあり方だけが正しく、素晴らしく、優れた唯一のあり方ではない。
トラッサールのような、静かで硬質な、小さな小川が片隅で流れるシロツメクサがそこここに咲く野原に、一人立っているような、そんなあり方もある。
そのあり方を自分の意志で選び取り、それを貫く。
一人の人がそういう暮らしの技法、生き方の流儀(art de vivre)を明確に持っており、それがくっきりと際立つ感じがとてもいい。
ま、あくまでも印象なので、実際のトラッサール文学がどんな世界なのか知りませんが。彼の作品に邦訳はないので、読むこともできない。堀江さんが訳してくださらないかしら。
堀江さんが訳しているトラッサール作品の題名がもう何かを語っているのです。
『蜜蜂の友情』『モグラ獲りとの会話』『庭の構成』『火の考古学』・・・
地味だけど、何か気骨を感じさせる題名で、うーむ、いい感じ。
ここで取り上げられているもう一人の作家、トゥルニエは堀江氏との会話でこう語ってます。
…そしてタイトル。もう半世紀書き続けている『外面の日記』(ジュルナル・エクスチーム)の、今年の《六月一五日、日曜日》には、こう書きつけた。《送られてくる小説のタイトルに、ひどく失望し、うんざりしている》。小説のすべてがそこに含まれている。タイトルをぐっと押してやると、すべてのテキストが出てくる。(84p)
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トラッサールのart de vivreについて思っていると、鶴見和子の「暮らしの流儀」という言葉へとつながっていきました。
駒田:鶴見先生がご本のなかで、「暮らしの流儀」ということを書いておられますね。その場合、ライフスタイルではなく、way of lifeと書かれて区別されている。その人の思想とか哲学が入ってこなければ「暮らしの流儀」とはいえないと。いまはライフスタイルばかりがつぎつぎと雑誌などで紹介されて、自分の「暮らしの流儀」を身につけることがかえってむずかしいのではないでしょうか。(『きもの自在』第三章「きものを商う人・つくる人」104p)
鶴見:…わたしにはきものが生活なんです。仕事をする生活の一部として、快く着られるきものがどうしても必要です。わたしの仕事は座業だから、変なものを着ていたら一日すわっていられない。いいもの着ていると命がわきあがってくるよう。いいものといっても高いものじゃなくて、つくった人の心がこちらに乗り移ってくるようなもの。きものには心があると思う。だからつくった人の魂と着ている人の魂が出合う。工場でつくった化繊のものでは心が寒くなってしまう。何も考えが浮かばなくなる。(同上、106p)
駒田:(前略)いま、一般的に日本の工芸を概観すると、小さな民の暮らしのなかの手技―それが民芸ですが―というものが欠落してしまっているような気がする場合があるのです。自分の国の庶民的な手技や伝統工芸を大切にすることは、たんに趣味の問題ではなく、ひとつの地域からの内発的、人間的な発展につながっていくのだと思います。(同上、111p)
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この本を読み返しつつ、空気を読んで変わっていくといった生き方とは対極にある、がっしりと一本筋が通った「暮らしの流儀」を持つ生き方をしたいものだと思った次第。
それと、どうして、自分が反物、特に染めのものでなく織りのものにこれほど心惹かれるのか、ユニクロのような大量生産された衣服を身につけていると、何か落ち着かない気分になって、こういうものが着たいのではない!と言いたい気分になるのか、改めて『きもの自在』に収録された対談を読んでいて、自分なりに見えてきたような気がしました。
要は、魂のこもった布を身に付けたい、その地域や大地に根ざしたような、作り手の顔が見えるような服を着たいということ。
自分は清貧に反した、贅沢好きなのではないかと自分の傾向に悩んでいたのですが、背後にあるものが見えて納得できたように思います。
とか言いながら、『着物の時間2』なんて購入してしまう私。ちょっとぶっつんしちゃって…。あきまへん。
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群ようこさんと近藤ようこさん(おお、奇しくもダブルようこだ)がそれぞれの著書の中でクロワッサン誌の「着物の時間」で取材されたことを書いていたことを思い出し、つい本を取り出してそこを読み返す私。
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汗取りをつけたので「胴回りがぶっとい」と気にする群さん。
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着物なら派手でもと太い縞のしじら織りの着物を着られている近藤さん。
どちらの写真からも、お二人が普段から着物を着慣れているのが伝わってくる空気感があります。
はるる