引っ越し前
悲しいことがあって、長らくブログを書く気になれませんでした。
今週末には引っ越しです。今、家には段ボールが積み上がり、種々の紙が氾濫している状態。げんなり。
そして、荷物を少しでも減らそうと、心を鬼にしてコピーや新聞の切り抜きその他を捨てまくっております。
なんにせよ、もう当分引っ越しはしたくない。(引っ越しは宿命みたいなもので、これからも引っ越しは何度かすると思うけれども。)
先週は仕事も忙しくて、引っ越し作業も合わせてやっていたら、体力の限界を超えたらしく、日曜日に慌ててマッサージに駆け込んでなんとか乗り切ったところです。
ところで、村上春樹氏、エルサレム賞受賞式でイスラエルを批判されたようで、ちょっと安心。(2月17日追記:その後、講演要旨を新聞で読み、村上春樹氏を見直しました。すみません、私は村上春樹はどうも苦手で。)
http://www.asahi.com/culture/update/0216/TKY200902160022.html
村上さんは、授賞式への出席について迷ったと述べ、エルサレムに来たのは「メッセージを伝えるためだ」と説明。体制を壁に、個人を卵に例えて、「高い壁に挟まれ、壁にぶつかって壊れる卵」を思い浮かべた時、「どんなに壁が正しく、どんなに卵が間違っていても、私は卵の側に立つ」と強調した。
また「壁は私たちを守ってくれると思われるが、私たちを殺し、また他人を冷淡に効率よく殺す理由にもなる」と述べた。イスラエルが進めるパレスチナとの分離壁の建設を意識した発言とみられる。
でも、「どんなに壁が正しく、どんなに卵が間違っていても、私は卵の側に立つ」と言い方には違和感を覚える。壁は間違っていると言いきってもよかったのでは。まあ、このあたりはレトリックだから、全文を読んでみないと判断は下せませんが。
2月17日追記:こんな偉そうなことを申しまして、村上さんすみませんです。授賞式でとりあえず賞をくれる相手の顔を立てつつも賞の主旨に合わせて当の相手を非難するというのは高度な政治的行為で、それをともかくもされたということに、私は敬意を抱きました。偉そうに安全圏で批評している私は、同じ立場になったとして、やれるかと言われると、根性なしなのでやれないと思う。自分は卑怯者だなと感じました。
ブログを書かなかった間に読んだ本の中で、一番印象深かったのは『めぐらし屋』。
池から立ち上る靄がかかっているような、女主人公の蕗子さんのように血圧の低い小説。でも、好きだな。
堀江さんの小説は、相変わらず日本語が端正。
この人の文章を読むと、日本語が母語でよかったと思う。
堀江俊幸がいる限り、日本語は滅びませんぜ、水村さん。(もっとも、ドナルド・キーンは、シェークスピアだったか、とにかく何かの英語の劇を日本で見て、その英語の美しさに圧倒され英語が母語であることの溢れるような喜びを感じたという趣旨のエッセイを昔書いていたと思うので、どの言語においても、素晴らしい文学作品がその言語を高め、使い手に生きる喜びを与えるのでしょうね。)
- 作者: 堀江敏幸
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引っ越し作業、ラストスパートはこれから。引っ越しをするたびに、どうして私はこんなに物を持っているのかと自分を呪いたくなります。マザーテレサの修道会のシスターみたいに清貧を生きられたら楽なのになあ。
はるる