ドキュメンタリー『RFK』その2
という題名ですが、既に内容は番組とは直接関係なくなりつつあります^^;。
前回のRFKの人々への接し方に関連して思い出した記述があったので、付け加えておきます。
カリフォルニアでの選挙戦の際に、ボビーと非常に戦闘的な黒人グループとの間で会合が持たれました。
黒人たちは白人に対して憎しみと怒りに満ち満ちており、同行したジャーナリストがあんなにひどい会合はなかったというくらいの荒んだ雰囲気の中で両者は出会いました。
RFKは、黒人を食い物にしているだけの汚い白人野郎として扱われ、さんざん彼の真意を疑われ、彼が何か言うたびにいちいち噛み付かれ、辛辣な言葉をいやというほど浴びせられた挙句、やっと会合は終わりました。
ホテルに戻ったとき、会合に同行していたジャーナリストが、選挙活動で大変なのにこんな会合にさらされてあなたは気の毒だと言った時のRFKの返事。(注:この時、RFKが黒人グループに会いに出かけた)。
私は行ったことを嬉しく思っているよ。なぜ行ったことを嬉しく思っているかというと、彼らには誰か聴く人が必要だからだ。・・・・・・黒人が何世紀も受けてきたあらゆるひどい扱いの後では、白人は彼らのこうした感情を外に出させなければならないんだ。もし、これからずっと、私たちが本気でまともな関係性を確立していくつもりならね。
Robert Kennedy and His Times 909p
彼は、和解の第一歩が加害者の側が聴く(listen)ことだということを、本能的に分っていたのではないかと思います。彼は本能とか直感で動くタイプで、知的に考察するタイプではなかったから。
やはり、ボビーは司牧的な人だなあと思ってしまう、こういうのを読むと。こういう感覚が政治と結びついているというのが大変興味深いです。
確か、加害者が聴くということが大事だと書いていたのはこの本だったと思うのですが、昔読んだので、記憶違いかも知れません。
The Ministry of Reconciliation: Spirituality & Strategies
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どちらも、素晴らしい本でした。和解の神学を考えるなら、必読文献でしょう。
今、何の気なしにThe Ministry of reconciliation を開いたら、傷つきやすさ(vulnerability)とは、文字通り傷つけられる能力である、傷は癒しが出来る、なぜなら、トラウマの記憶を持ちながら、傷つけられた人は他者の傷につながることが出来るからだ(78p)、なんて書いてあって、おお、これはRFKのことじゃないかと一人盛り上がってしまいました。
RFKを表現する代表的な形容詞の一つは、vulnerableだから。(←ファンはどーしようもないね)。
閑話休題。
RFKは殺された時、彼がどのような役割を果たす存在なのかについて、客観的にも自己認識においても、大きな変容の途上にありました。
キング牧師が暗殺されて、特にひどい黒人暴動がワシントンDCで発生した直後の1968年4月7日、ロバート・ケネディは首都の、暴動の爪あとも生々しい地区を歩いて通りました。その際に同行した人の回想によると、
燃えた木材のにおいが立ち込め、割れたガラスがいたるところにあった。我々は通りを歩いた。警官隊が配置についていた。ボビー・ケネディに従って、群衆が我々の後ろに集まってきた。警官隊は遠くにやって来る我々を見て、ガスマスクをつけ、通りを進んでくる黒人の大群を待ち受けて銃を構えた。が、それがボビー・ケネディだと分ったとき、警官隊はガスマスクをはずし、我々を通らせた。警官たちは大変ほっとしているように見えた。 In His Own Right 184p
そして、その後、著者のパレルモは、この事件は、キング殺害に続いた数週間におけるケネディの役割が何であるかを十分に示唆している、つまり、キングが象徴していた「非暴力」がいまやRFKの中に生きており、彼がそのリーダーなのだということを示したのだと書いています。
キングの支持者たちは、RFKの肌の色と社会的地位にもかかわらず、彼こそキングの跡継ぎだとみなした、と。
客観的に、彼はキングの後を継いで非暴力の象徴となりましたが、主観的にもRFKは、キング牧師暗殺の後、予備選挙活動を通じて自己の役割についての認識を深めつつありました。以下、ニューフィールドの記述。
マーティン・ルーサー・キングの暗殺は、私が思うに、ロバート・ケネディの選挙戦においてというだけでなく、彼の自分自身に対する見方においても重大な転換点だった。
ケネディが1968年の大統領選に参入したのは、つまり、彼が語り、信じていたことは、ベトナム戦争のためだった。しかし、ジョンソンの再選辞退と和平交渉の開始に続いたドクター・キングの殺害は、ケネディにアメリカの内なる病のより深い根(複数)を垣間見ることを可能にさせた。そして、彼自身がこの病の癒し人となる可能性を考えさせたのだ。
ケネディはこの数年間、貧困ともう一つのアメリカの不幸に苦しんでいた。しかし、貧しい人々の中にある彼への愛を感じとり、スラム地域から彼に対して膨大な票が投じられるのを見ることで、彼の貧しき人々への熱情が報われているということをケネディに示したのは、大統領予備選の選挙活動だった。
これは一瞬にして起こったことではなかった。ケネディの人生の最後の数週間に、行動の中で与えられた気付きだった。彼が貧困と人種差別について語り、貧しい人々の間で選挙運動をしているうちに、段々と、自分が人々にとってどれほど意味を持っているかをより把握するようになり、彼のキャリアは、もはやケネディ家のものなどではなく、大変な希望をこめて彼に歓声をあげ、おびただしい数の票を彼に投じた「持たざる人々」に属するものなのだということを理解するようになったのである。そしておそらく、キング牧師の死だけが、今やケネディが彼らに残された最後の友であるという、ゲットーにあったこの思いを、一点の曇りもなく明らかにしたのだった。だから、あの最後の数週間、予備選を猛烈に過ごしていたあのさなか、ロバート・ケネディと貧しき人々は、完全にお互いを発見しあっていたのだ。短いが、熱烈に。RFK 250〜251p
長くなったので、本日はこれにて。
というより、その後の結論は、まだない(~_~;)。
どーやって終わる気なんでしょ、我ながら。
はるる