待合室で島村利正

 しばらくオフライン状態でした。

 滲出性中耳炎が治らず通い続けている耳鼻科は、今、花粉症患者で満員御礼状態。
 下手すると一時間くらい待合室に座ってないといけません。

 で、待っている間に読み継いで終わったのが、島村利正の『奈良登大路町 妙高の秋』でした。


 

奈良登大路町・妙高の秋 (講談社文芸文庫)

奈良登大路町・妙高の秋 (講談社文芸文庫)


 昔、私は奈良に住んでいたことがあるので、「奈良登大路町」は地理を頭に思い浮かべつつ読みました。(そもそもこの本を図書館で借りたのは、奈良登大路町という題名に、奈良のことが書いてあるのかと思ったからでした。偶然でしたが、いい作家に大当たりして嬉しい。)

 話も本当にいい。ラングドン・ウォーナー氏と林さんの交流が心に残りました。

 そして、文章がいい。これも楷書で一文字ずつきっちりと端正に書かれたという風情の文章です。清冽というか。地味だけど飽きることのない湧水のおいしさといったところかな。

 そしてまた、寝る前に脱いだ服をきちんと畳んで、布団の横に置いて寝る人が書いたという感じがします(なんのこっちゃ)。
 きっと、島村さんという方は、まじめで誠実なお人柄であったのでしょう。

 収録されている八作品の中で、個人的に一番好きなのは「奈良登大路町」。「仙酔島」も素晴らしかった。

 「焦土」も「残菊抄」も「斑鳩ゆき」も「神田連雀町」も「佃島薄暮」もどれもよかったけれど(「残菊抄」は確かに傑作の香りがしました)、もう一つとなると、父親との関係を描いた「妙高の秋」を選びたい。


 ところで、読んでいた時は気付かなかったのですが、島村利正は、堀江敏幸さんの『いつか王子駅で』の主人公が古本屋さんで買って読んでいる本の作者でしたね。

 講談社文芸文庫を読み終わった後で、はっと閃いて『いつか王子駅で』を引っ張り出して確認しました。


いつか王子駅で (新潮文庫)

いつか王子駅で (新潮文庫)

 私は上に書いたような感想しか書けませんが、さすが堀江さん、島村利正の文章について的確な批評を書かれています。

 頁をひもとけば岩清水のような文章が、都塵にまみれた肺をたちまち浄めてくれる。このひとの行文から漂ってくる気韻に似たものはいったいなんだろうと先日来考えつづけていたのだが、(中略)ああ、これは、檜の香りだな、と思い到った。

 檜の香りがする文章を読める幸せ。

 はるる