「女流作家」幸田文
幸田文の随筆を一つずつ毎日読むかたわら、水村美苗の『日本語で読むということ』に目を通していたら、おっと、シンクロニシティなのか、水村さんも幸田文について書いておられるではありませんか。
- 作者: 水村美苗
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2009/04/22
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幸田文は偉大な作家である。彼女の作品のいくつかは世界文学の傑作の中でもきわだつ。
(中略)
近代に入って日本語で書いた女の作家というものを考えてゆくと、私にとって樋口一葉の次にくる名は幸田文である。なにしろ私の心のなかで幸田文の名は、一葉のみならず、漱石、谷崎などと並んでいるのである。
こういうのを読むと、まさに我が同志よ!という気持ちで、一挙に水村氏への好感度があがってしまう私です。
水村さんはそのあと、幸田文は「女の作家」としてではなく「女流作家」という、日本語にしかない曖昧で翻訳不可能な範疇に入れられている作家だとしたあとで、こう続けています。
…「女流作家」とは女だけの世界を相手どる作家であると。だが、この答えは十分なものではない。なぜなら「女流作家」というカテゴリーは、もっと本質的に、文学としての「評価」にかかわるからである。「女流作家」の書くものが、たんなる女の作家の書くもの比べて低く「評価」されるというだけではない。「女流作家」の書くものは、たんなる女の作家の書くものとちがって、そもそもまったく「評価」の対象にならないのである。
幸田文の使う言葉は徹頭徹尾文学に育まれた言葉である。そうでなくては、あのような力強い文章は書けるものではない。幸田文の文学はまことに文学的な文学なのである。それでいて、幸田文の文学は文学から限りなく自由な文学―文学のさまざまな規範から限りなく自由な文学なのである。
(中略)
そして私は思うのである。幸田文のこの自由こそ、真の「女流作家」の自由ではないだろうかと。この自由こそ、当時文学の王道を行く「真名」(漢字)の禁忌を逆手にとって「仮名」で書き、日本語に初めて出会うことを可能にした平安朝の女たちの自由とつながるものだからである。
そんな幸田文を、このさき、世の権威が認めるかどうかわからないのである。
(中略)
思い出すのは数年前のことである。ひとりの才能のある男の作家が人生半ばにして死んだ。すると男の批評家、作家、編集者たちがこぞって声を大にして死をいたんだ。その作家の名は必然的に文学史に残るであろう。本も長い間市場に出回り続けるであろう。私は幸田文が死んだときの彼らの沈黙を思い、世の不公平をつくづく思った。ひとりの女の読者としてつくづくと思ったのである。
この1998年に書かれたエッセイを読んだ時、私の脳裏に浮かんだのは『文学全集を立ち上げる』で丸谷才一氏や三浦雅士氏が示した、幸田文への冷淡な態度でした。
彼女には一巻与える価値もないと、ごくごく軽く触れただけの、その言及ぶりに落胆したことを思い出したわけです。
- 作者: 丸谷才一,三浦雅士,鹿島茂
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幸田文の「女流作家」性に思いをいたすとき、もうひとつ思いだす女性がいます。
それは、アビラの聖テレサ。
テレサは宗教裁判の危機にさらされるなか、自分の霊的体験を書くよう命じられ『自叙伝』を書きました。神学の勉強を通じてしか神のことは分らないと信じている、男性の神学者たちの審問にかけられるためでした。
ラテン語ができなかったテレサは当時の口語のスペイン語で本を書きました。それも、極めて日常的な「超」口語とでもいえばいいような口語で書いたのです。
テレサは学問のある人が使う文体にいささかも似るところがない口語的文体で、自分の本を書きました。
それについて、キャロル・フリンダースはこう書いています。
テレサを批判する人たちと同じ土俵で、その人たちの基準で判断されることを避けたのです。その代わりに、完全に知識人たちの専門の枠組みの外にあるテレサ自身の言葉を創り出し、事実上彼らを安心させたのでした。
このテレサと幸田文には、どこか通じるところがある。…ような気がする。
- 作者: キャロル・L・フリンダース,竹中弥生
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女性の文体ということでいえば、須賀敦子もはずせない。
というわけで(ってわけでもないけど)『須賀敦子を読む』も読んでます。
『考える人』に連載されていて、本にならないかなあと思っていたらなったので、嬉しい。
「明日の仕事に差し支えるぞ、もう寝なさい」と理性の厳しい勧告を聞きつつ、ついつい夜遅くまであと1ページ、あと1ページと読んでしまいました。さすがに半分でやめましたが。
こういう本を何の憂いもなく一気読みできる生活が、幸せというのではないかしらん。
- 作者: 湯川豊
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それはそうと、水村美苗の『日本語で書くということ』もいつか読んでみなければ。
- 作者: 水村美苗
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はるる