列福式に参列して

 24日の長崎での列福式に出席してきました。

 私は恐ろしいことに「来賓」という身分でしたので、ほぼ最前列の席で、式はよく見えました。それはありがたかったです。列福式なんて一生に一度!ですから。

 来賓席に座っていたのは、もちろん私が偉いからではなく、席を用意してくださった方が偉かったからで、周りは総長だの管区長だの学長だの市長だのと長がおつきになる方々ばかりで、「場違い」という言葉をまさしく体現かつ体験した半日でした、とほほ。


 それはさておき。

 式自体は素晴らしくよく組織されていて、一瞬の滞りもなく、実に見事でした。

 司式をされた白柳枢機卿の説教も力がこもっていました。
 「みなさん、恐れず歩き出しましょう」と繰り返されて、なんとなく遺言のような趣すらありました。

 また、最後に謝辞を述べられた溝部司教も、この列福式は「日本の教会の刷新と活性化のため」であると力をこめてはっきりと言われ、やはり司教の気迫を感じました。

 しかし、そういう列福に深く関与した人々の熱意と、参列していた私たちの間に、なんとなく温度差を感じてしまったのも確かなのです。

 列福式は素晴らしかった。

 殉教者の生き方は素晴らしかった。

 でも、そのことと私たちの間が本当につながっているのかという微かな疑問を私は感じてしまい、式の間、ずっとあれこれと考えていました。

 考えていたことの一つは、この式をイベントとして終わらせないために、今後どうしたらいいのだろうということだったのですが、もう一つは、キリシタンと私たちの間がうまく接続していない、このことが今回の列福を何となく他人事のようになっている根底にあるのではないかということでした。

 キリシタンは素晴らしかった。愛の行いをし、命を賭して信仰を生きた。

 では、明治以後の再宣教で再生した日本のカトリック教会は、戦前の迫害期になぜ、そうしたキリシタンのように素晴らしくなかったのでしょうか。

 キリシタン時代の輝かしさを語られるたびに、戦前が語られないこと、その時代は暗いものとしてなんとなく無視されていることを感じ、日本の教会の歴史が連続して体感されていないこと、キリシタン時代が今の私たちの歴史に頭レベルはともかく、心のレベルではつながっておらず、接続されておらず、私たちにとって殉教者は立派な他人となってはいないかいうことを考えてしまうのです。


 すべてはこれからなのかもしれません。

 日本の教会の刷新は、これからの歩みにかかっているのかもしれません。

 日本の教会の何が死んで、何が生きるべきなのか。
 殉教者が真に私たちに身近な、本当の信仰の祖先になるように、どうしていけばよいのか。

 ペトロ岐部と187人福者に、いまこそ取次ぎを祈り、親しい友、信仰の先達、友に歩んでくれる者としての絆を作っていきたいと思っています。

 はるる