『出る杭は打たれる』

 ただいま、ちょこちょことフランス人労働司祭のアンドレ・レノレ神父(プラド会)が書かれた『出る杭は打たれる』を読んでいます。

 これは、1970年から川崎の建設現場で労働者としてレノレ神父が働く中で、彼が体験し行い考えたことが書き綴られた本です。

 鉄粉が目に入って医者から一日仕事を休めと言われた稲荷さんという労働者とレノレ神父の会話。(74p)

「お医者さんのいうとおりにしなさいよ」
「休んだりしたら、のこった者だけで残業をしなけりゃならんだろう。仲間をうらぎることになる。」
「とんでもない。残業なんて、したい者だけがすればいいんです。」
「じゃ、なにかい、あんたは会社のことなんかちっとも考えないわけ?」
「考えてますよ。ただし、ふつうの労働者という立場で考えています。まじめにきちんと8時間働いてあげれば、わたしにはそれで十分なんです。」
「そうかい、あんたはほんとうに西洋人なんだなあ。・・・」

 残業ばかりの日本人労働者と更衣室で話した内容(75〜76pp)。

「・・・毎日残業するのはいけません。そんなことをしているとどんな結果になるかわかっていますか。第一に、子どもの教育は母親ひとりの責任ちなってしまいます。あなたたちは父親失格です。・・・」
「毎日遅くまで働いていれば、毎日へとへとになって家に帰ることになります。そのあとは、テレビのまえにすわって必要以上に酒を飲み、スポーツ新聞をながめるだけです。今なにがおこっているのか関心ももてなくなってしまいます。これが責任ある父親の姿だといえますか。それにまた、残業をするということはほかの人から労働をうばい、どこかで失業をふやすことになります。・・・」
「最後にもうひとつ。生活のために残業をあてにしていると悪循環になると思います。そんなことをしていると、8時間の労働にたいする正当な賃金の要求ができなくなったり、迫力がよわまったりするだけです。ようするに、残業というのは労働者を不幸にするものなんです」

 まるで、今の日本社会の状態を予言しているみたいな洞察。

 こういうのを読むと、フランス人のものの考え方の一端を垣間見るような気がします。人間らしいというのか、日本人とは発想の根本が違う感じ。

 「・・・ひとびとがいやだなと思うのは、苦しみが存在するってことではなくて、苦しみが無視されたり、切りはなされたり、遠ざけられたりする場合なのです。そんな場合、苦しむ人は絶望し、おしつぶされてしまいます。これは最悪です。しかし、苦しむ人のまわりにその人を大事に思い、愛しているひとびとがいれば、苦しみは耐えることができます。あるいは人間性を深めることにもなるでしょう。・・・きずついた人がみんなの中心にいるべきなのです。」(ザヴィエル・ル・ピション氏へのインタビュー、『ラ・ヴィ』誌、第2131号、1986年7月)52〜53pp

 レノレ神父が労災で入院していたときにやってきたゼネラル石油の第一組合の活動家が持ってきた組合のパンフレットに書かれていた労働組合の行動規範。(178〜182pp)
 抜粋します。

1 天下・国家を論じよう
・・・職場の労働者が、天下・国家を論ずるには背のびすることが大切だ。自分の生きている世界に関与と責任をもちたい。

2 よく学び、よく識ろう
 「無知がなにかを為したためしはない」、マルクスの言葉だそうだ。自分が何ものであるのか、どこにいるのかを知らなければ運動にならない。・・・

3 外へ出よう、進んで語ろう 
 弾圧に抗して闘う労働者は耐えることに慣らされやすい・・・情況に左右されてやる運動から、情況をつくりだす運動への転換が必要だ。・・・

4 あらゆる差別をするな、許すな
 差別は差別されてみるとよく見えてくる。・・・差別との闘いは自らの差別行為・意識との闘いでもある。

5 他者のための活動を 
 運動は大義が普遍であるほど拡がる。・・・他者のための活動に自分をかけられるとき、そこに大義が生まれる。他を認めることによって自らが明らかになる。・・・

6 互いに助け合い、批判し合おう
 相互扶助と相互批判は、団結の不可欠の要素だ。・・・批判には責任がついてまわっているのであって、批判ができないときには自分の方に問題があると知ろう。

7 心に赤腕章を
 ・・・「心の赤腕章」とは労働者であることの自覚だ。

8 質素であれ 
 物質的要求を追い続けることで何が満たされ何が失われてきたか。・・・精神的には「廉」の思想だ。・・・

 これは教会にも使えますね。修道会にも応用できそうだ。

 レノレ神父はこの組合憲章は聖書の教えに驚くほど似ていると述べて、類似した聖書の箇所を次々と引用した後、こう締めくくっています。

 わたしたちはキリストの言葉をそらでいうこともできる。しかし、その言葉を実践しないで、暗記しているだけで満足していいのか。(183p)

出る杭は打たれる―フランス人労働司祭の日本人論 (岩波現代文庫―社会)

出る杭は打たれる―フランス人労働司祭の日本人論 (岩波現代文庫―社会)

はるる